吉良 吉陰の奇妙な音楽日記

It's Only Music, But I Love It.

異形のトランスジェンダーの希望なき金字塔




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『Hopelessness』

ANOHNI

 

 

  Antony and the Johnsonsアントニー・ヘガティが、アノーニ(ANOHNI)という"女性アーティスト"として今年5月にリリースしたアルバムです。 アノーニは2003年にルー・リードのバック・ヴォーカルとして抜擢され、その歌声は"天使のようだ"と絶賛され、一躍、注目を浴びました。 ルー・リードのアルバムを始め、ブライアン・フェリーやルーファス・ウェインライト等、数多くのアーティストとコラボしてきましたが、私自身はビョークが2008年に発表した『Volta』に収録されている「The Dull Flame of Desire」でのデュエットで、アントニー・ヘガティ(当時)の人を包み込むような優しい歌声にすっかり惹かれてしまったのを覚えていますが、私のようにビョークのデュエットでアントニーを知った方も少なくないかもしれません。 2009年にリリースした3rdアルバム『The Crying Light』では、100歳を超えても舞台に立ち続けた世界的にも有名な日本の舞踏家、大野一雄氏の写真をアートワークに使用して、日本でも注目を集めるようになり、2010年には来日公演も実現しました。 そして、2010年には『Swanlights』をリリースし、約6年ぶりに名前だけでなく"性"も変えて本作をリリースしました。 ちなみにアノーニという名前は"彼女"自身がここ数年使い続けた名前だそうで、ジェンダーアイデンティティを他の人達とも共有したいという思いを2010年辺りから頻繁に考えるようになり、自分が男性の名前では生きていけないとまで思い詰めたそうで、今回の作品がAntony and the Johnsonsとは全く違うスタイルのエレクトニックな作品であることから、この機会に男性名であったアントニー・ヘガティという名前どころか"性"までも変え、サウンドと共に"生まれ変わった"のだと思います。 そして、この"生まれ変わった"アルバムのプロデュースを担当したのはアノーニ自身の他に、ハドソン・モホークとOneohtrix Point Never。 まず、Oneohtrix Point Neverことダニエル・パロティンは、エレクトロニック、アンビエント、ドローン系のフィールドで活躍するニューヨーク・ブルックリン出身のアーティストですが、アノーニが2010年に参加したアルバム『Returnal』は世界中の音楽メディアに高い評価を受けました。 一方、ハドソン・モホークはスコットランド出身のDJ、プロデューサーとしてエレクトロニック好きでまず知らない方はいないだろうという存在ですが、ハドソン・モホークの音楽が好きだったアノーニがハドソンに連絡をとったところ共演が実現し、ハドソン・モホークが昨年リリースしたアルバム『Lanturn』にアノーニがゲスト・ヴォーカリストとして参加。 『Lanturn』での両者の共演が本作の制作にそのままシフトしていったそうです。  もちろん、ハドソン・モホークとOneohtrix Point Neverとの共演から、本作がクラブ・ミュージックやエレクトロニカを前面に押し出したサウンドになることは予め、予想出来ることですが、むろん、アノーニが単なる享楽のクラブ・ミュージックなど作るわけもなく、本作で歌われている曲の歌詞は、世の不条理に対する怒りに満ちています。 アメリカの攻撃で家族を失ったアフガニスタン少女をモチーフにした「Drone Bomb Me」、オバマ大統領に対する落胆と失望を歌った「Obama」等、病めるアメリカを強く糾弾していて、BOMB SQUADのハンク・ショックリーが参加した、THE POP GROUPのアルバム『Honeymoon on Mars』と共通する部分があるかもしれません。 しかし、アノーニは怒りに満ちてはいてもマーク・スチュワートのように叫びまくることは全くせず、アントニー・ヘガティ名の時と全くと言っても良いくらい歌い方を変えずに"天使の歌声"のままでメッセージを発しています。 音楽だけを聴くととても気持ちの良いエレクトロニック・ミュージックなのに、実は痛烈なメッセージを残している。 シリアスなメッセージなのに聞き手を優しく包み込むようなアノーニのヴォーカルは"女性的"というよりは"母性的"に私は思えるのですが、アノーニのヴォーカル自体が性すら超越しているのかもしれません。 アメリカ大統領選挙が終わり、アノーニがおおいに失望感を感じたオバマからトランプに大統領は変わりましたが、アノーニはこの結果に何を感じるのか? しかしトランプにも幻滅して怒りのメッセージを発しても、アノーニの天使の歌声で我々、リスナーは少しは救われた気になるのでしょう。 Antony and the Johnsonsを聴く機会がなかった方は、比較的聴きやすい、このアルバムから聴くことをオススメします。 もうすぐ2016年も終わりますが本作も今年、音楽ファンが是非とも聴いておきたい一枚だとも思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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