吉良 吉陰の奇妙な音楽日記

It's Only Music, But I Love It.

深刻な逆境を乗り越えた、5年ぶりの力作。




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『Ash & Ice』



 ジャック・ホワイトのTHE DEAD WEATHERでも活動している女性ヴォーカリストのアリソン・モシャートと、ギタリストのジェイミー・ヒンスによるガレージ・ロック・デュオ、THE KILLSが2011年の『Blood Pressures』以来、5年ぶり通算5作目の新作です。
 2000年にアリソン・モシャートとジェイミー・ヒンスが結成したTHE KILLSは、二人だけの空間の隙間を生かした倦怠感のある独創的なガレージ・サウンドで根強い人気を誇るバンドですが、2011年の『Blood Pressures』以降、THE KILLSはバンド存続にも影響しかねない重大な危機を迎えていました…。
 それはジェイミー・ヒンスのギタリストとして致命的な左手の負傷による手術で、ヒンス自身は2011年7月に世界的なトップ・モデルのケイト・モスとの結婚が報じられる等、プライベートでは幸せな生活もおくってはいたのですが、THE KILLS存続どころかミュージシャンとしての存続にも関わる絶対的な危機に陥っていました…。以下(↓)がジェイミーが手術に関して語ったコメントです。

「結論から話すと左手中指の腱を失って、移植手術を受けなきゃならなくなったんだ。腱を失うっていうことは、それに伴うプロセスが凄く複雑で、移植を受けるまでに5回ほど手術を受けなきゃいけなかった。今は少し手が動くようになったけど、それでもギターを弾けるレベルまでは動かない。それで、その中指を使わずに弾く方法を編み出さなきゃいけなかったんだけど、実のところ、結構、それが気に入っているんだ。大半のメジャー・コード等の特定のコードが弾けなくなったから、より微妙な弾き方を工夫して、コードよりも単音で弾かなきゃいけないようになった。それは必要のないものは剃り落として、音符自体と同じくらい、その間の空白も重視するっていう、元来のTHE KILLSの美学にも合っていたから、これも元々の想定通りだよ。」

 ギタリストとしての命とも言える左手の中指を失うという自らの音楽生命に関わる難局をポジティブに受け止めて、前向きにTHE KILLSとしての音楽活動を始めたヒンスですが、当然、ソング・ライティングのプロセスやサウンドのアプローチの仕方も大きく変化しました。
 従来なら、ギターで曲を書いて歌を乗せてという方法を取っていたのが、ヒンスがギターを弾けないことで、スタジオの機材やレコーディング機材に大きな関心を示し、作曲にはキーボードを多用して、サウンド面では様々な機材を駆使した多層的なサウンドを本作で作り上げることに成功しました。
 エコーやリヴァープ等もかなり多用しているのですが、バンドの最大の持ち味でもある音と音の隙間を生かした、THE KILLSの美学そのものは見事に生かされていて、ヒンスの左手の負傷という逆境を逆手に取って"ケガの功名"とも言える、THE KILLSの新境地を開拓した作品になっていると言えると思います。
 更に、THE KILLSのヴィジョンを高めるべく、ヒンスはシベリア鉄道の旅に出て、モシャートはシアトル沖の孤島にこもって、電話もインターネットもない環境で、それぞれが曲作りに励み、それが本作で書かれた楽曲の質の高さに繋がっているのは言うまでもありません。
 そして、このアルバムの共同プロデューサーのジョン・オハモニーの助力も、二人の大きな手助けになったそうです。世界的に有名なエレクトリック・レディ・スタジオのエンジニアでもあるオハモニーは、THE KILLSの二人が思い描いたヴィジョンをサウンドとして表現するのに大きな貢献をしたそうで、ヒンスの左手の負傷から抜本的にサウンドを変化させたバンドにとって、オハモニーは力強い支えになったに違いありません。
 もちろん、この作品が単純にヒンスの負傷を乗り越えたというドラマだけがウリの作品ではないのは言うまでもなく、むしろ、THE KILLSが新境地を開いたバンドの最高傑作の一枚に仕上がっていると思います。
 THE KILLSの美学を踏襲しつつ、更に新しいサウンドを取り入れて、更にバンドは高みに登り詰めたと思います。
 苦難を乗り越えて、新たな傑作を生み出したTHE KILLSは、新境地を開拓したことで今後、更なる進化を望めると思います。もちろん、この作品はTHE KILLSの新ステージの序章に過ぎないアルバムであるはずです。









 
 
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